さてさて、暑いなか、熱いパソコンに向かいつつ、今日も一日が過ぎていきました。とにかく今月頭にオランダからはるばるやってきてくれた15箱のダンボールの山に埋もれながら、貴重な楽譜たちとにらめっこする日々が続きます。いつ終わるんだろう。。しかしながらハーグ王立図書館の膨大な資料は本当にマニアックで、これらを全部弾いたりできたらいいのだけど。。人生は短く芸術は永遠!ですね。
我がイトシの楽器もまだ調整中(写真)で、あともう少し!ってとこまできています。早くまた一緒に暮らしたいなと願うばかりです。
最近実は大学の時の方々と、こっそりと、またはばったりと出会うことがあります。この前もギンザを歩いていたら私の代のときの学長先生とすれ違ったし、その1分後に同級生のA君が楽しそうに歩いていたし。そして今日は同級生の有名ソプラノ歌手から、いきなりの連絡。いや~うれしいなあ。そして彼女の一言、「フォルテピアノっ?丹野らしい・・・」といわれて、そうか、私らしいのか、と考えてしまったのであります。
そもそも、私が「なんで音楽をしているか」と聞かれたら、たぶん「歌が好きだけど、歌がへたっぴなので、せめてピアノで何か歌の持っている表現に近づけたらなあ、もしくはピアノを弾くということで、「歌」のそばにいられたら幸せだな」という、実を言うと、自分の音楽のルーツはかなりのパーセンテージで「うた」にあるのであります。
なぜか?なぜそこまで歌にこだわるのか?おそらく、高校生のとき、音楽科に数名の「ウタカ」(歌専攻の学生)が入ってきて、そこで、放課後に聴いた歌が窓ガラスを震えさせるのを目の当たりにした時、「人間ってすご~い!」と妙に感動してしまって。それからというもの、とくに声楽の伴奏というものにかなり興味をそそられたのであります。
大学に入ってすぐのころ、芸大でエリー・アメリング氏がマスタークラスの先生として呼ばれていて、ものすごーく苦労して入ったガクリ科の授業を即効お休みして、丸一日かけてずーっと聴いていました。その雰囲気ったら、もう、今想い出してもすごかった。声楽の教授陣といい、受講者といい、本当にみんな正装で、すっごい緊張感の中で、まあトップの人たちが歌う歌う。「これ以上どこを注意するのでしょう?」ってくらいみんな上手くって、それでもアメリング氏は、妖精のように、軽い身のこなしで舞台に魔法をかけていき、彼女のほんの一言が、歌を芸術にまで昇華させてしまう。あの時間のなかにいた時、「あ、私の生きる道はこれなんだ」って、「これだ、これ」っていう、確かなものが自分のなかに出来上がって、「私は歌といっしょにいたいんだって」ということに気づいたのであります。
そんな中その2年後に、偶然にもフォルテピアノっていう楽器に出会って、モダンのピアノじゃなくって、当時のピアノで歌とやったらどうなるのかしらん?という興味が自然に湧きあがって、そんななかで恩師のバルト先生に会って、「歌曲伴奏法が、私のメインだから、あんまりソロとか弾かないでいいですよね?」という、世にもめずらしい生徒をあっさり受け入れてくださって、(その後先生の「ソロも自分が思ってるよりもむくのにね」という一声で、最近はやっとその楽しさもちょっとわかってきた)、なんのご縁だかアメリング氏の本拠地、オランダへ留学することになったのであります。
バルト先生とは、本当によく議論したし、意見がぶつかることもあったけど、「伴奏」っていうことじゃなくって、ちゃんと「共演」する持っていき方を本当によく教わりました。私の個人的な好みはやはり「うた」がメインで、本当に歌の人にぴたっと寄り添いつつ、音楽を一緒に織り成すことで一枚の絵みたいにもっていけたら最高にいいものができるんじゃないのかしら、というのが、今のところの私の理想です。
どんな演奏家と音楽をご一緒させていただいても、「うたのある人」っていうのは本当に一緒にやっていて楽しいし、自然に音楽が流れていきます。私がソロを弾く時もやはり最終的には「うた」のように流れて、ふわっと聴いてくださる方に届くように心がけていますが、、まあ、千里の道も一歩から、これからも温かく見守っていただけたらと、心より願っております。
7月24日より、ローソンにて9月4日東京オペラシティ リサイタルホールでのコンサート、ついに発売です!今後「スケジュール」を充実させていきますが、歌うようにチェロを奏でるスペインの新星ホセッチュ・オブレゴン氏との共演、聴きにきていただけたら本当に幸せです!